不登校・登校拒否の悩み、ご相談ください。

「もうごまかすのはやめなさい」
「もうごまかすのはやめなさい。一度しかない人生なのだから。」この言葉に出会ったのは、師友塾に入塾してから半年がたった頃でした。師友塾には、高校卒業後の18歳のときに当時通っていた姉妹機関である英語専科AIEを通じて、入塾しました。それ以前は、「このままで良いのか」と感じながら、他の人もそうしているのだから仕方がないのだろうと、ごまかしごまかし受験勉強をし、既に枯れかけた木のようでした。そんな中、師友塾に出会うのですが、当時の僕は、「早く大学に進学しなければならない」「親に迷惑をかけるのでは」と焦っており、本当に大切にするべきものを忘れていたのです。師友塾では、「何のために勉強するのか」や「どう生きていくか」ということを大切にします。2年間の塾生生活を通じて、人生の根を張り、目標が定まってくれば、俄然勉強する意欲も沸いてきます。師友塾で学んだ「勉強する意義」があるからこそ、大学に進学した今も、人生における一つの通過点として必死に勉強しています。
  • 山口 裕弘
  • 21才 (04年卒)
  • 京都大学
  • 工学部 2年生

「師友塾の空気の中で、人と関わることに喜びを感じた」
私が師友塾に出会ったのは、16歳のときでした。中学2年で不登校をして以来、摂食障害や対人恐怖症でクリニックやカウンセラーを転々としていました。一生このままかもしれないと考え、夜も眠ることができない日々が続きました。
入塾後も半年間は、師友塾に来ることができませんでしたが、越前合宿をきっかけに動き出し、塾の合宿やイベントにはすべて参加するようになりました。師友塾には、お互いを本当に信頼し、尊敬し合える空気があります。その空気の中で私は、実は情でつながった人間関係を求めていたということに気づきました。師友塾では、対人恐怖症だった私が、人と関わり合うことが楽しいと心から感じることができたのです。今から考えると、世間の殺伐とした人間関係に適応できなかったから、悩みを抱えて生きてゆくしかなかったのだと思います。
今は、もう、摂食障害や対人恐怖に苦しむことはありません。アメリカの大学を卒業し、師友塾の姉妹機関であるAIE英語専科で、一般の中学、高校生に英語を教えています。過去の自分を振り返ると、今の自分があることは正に奇跡です。これからも、元気になった喜びを胸に、少しでも人の役にたてるよう日々学んでいく心構えです。
  • 谷原 真紀
  • 24才 (00年卒)
  • AIE英語専科 勤務

「師友塾は私の夢になりました」
私が師友塾に出会えたのは神様が結んでくれた縁ではないかと思います。大学進学のため予備校を探していた時、日本語の先生の紹介で師友塾を見学することになりました。そして、見学に行ったその日から塾が好きになり、私の夢となりました。来日3年目で日本には大分慣れたとはいえ、文化の違いを感じる時がしばしばありました。しかし、師友塾の教えを学ぶ上で文化の違いはなんの障害にもなりませんでした。塾では生きることの大切さ、学ぶことの面白さ、遊ぶことの楽しさに気付かせていただきました。そして、その教えを韓国にも伝えていきたいと思っています。今はその教えを忘れず、師友塾韓国校を創ることを目指して頑張っています。
  • 原田(李) 星実
  • 21才 (03年卒)
  • 関西学院大学
  • 社会学部 4年生

「いつまでも師友塾が原点です」
12歳の時にハートケアフレンドセンターで2年間お世話になり、その後師友塾入塾からは6年の月日が経ちました。学校に行けないのは勿論、師友塾にすらまともに通うこともできずにいた当時を思うと、今の私が送っている日々は奇跡とさえ思えます。いつか皆様の健康に、夢に向かう人達の支えに一役かいたい、この思いを胸に鍼灸の学校に通う毎日です。師友塾卒業後もこうして元気でいられるのは、大越先生を始めとするスタッフの方々に、全力で元気回復にあたって頂いたお陰と心得ています。私自身を変えて頂いた感謝のみならず、今私を取り囲む環境にも感謝が絶えません。よき師、よき友に出会え、まさに出会いによって生かされているのを感じます。「いまは華奢な苗木のようなものでも、いつかは人の憩える巨木になろう」。師友塾で学んだことはこれからも私の原点です。
  • 山本 豪
  • 22才 (02年卒)
  • 鍼灸師

「大人の本気を見た」
僕は17才のとき師友塾に入塾しました。当時の僕は、いわゆる不良でした。大人をなめくさり、人を見下し、恐怖を与えることでしか人と接点を持てず、人を「信じる」こと、ましてや「敬う」なんて言葉も知りませんでした。忘れもしません。そんな僕が初めて大越先生にお会いしたとき、「やばい。この人、何かがちがう。一体何者だ?」と直感しました。しかし、今までに感じたことのない妙な安心感を感じたのも事実でした。そんな時、合宿で大越先生とキャッチボールをする機会があり、昔、ピッチャーでならしていた僕は、自信ありげに先生めがけて投げていました。が、突然「おい、もっと、しっかり投げんかい!」と怒られたのです。正直、一瞬カチンときましたが、その迫力と先生の目を見て「この人、本気でオレに接している。この人、マジだ」と実感しました。僕は本気で自分に接してくれる大人などいないと思いながらも、心のどこかでそれを求めていたのです。それが「やばい」と感じた答えだったのだと思います。今も、あの時の大越先生からの返球の重みを忘れることはできません。
  • 宮本 英治
  • 23才 (02年卒)
  • セントマーチンズ大学(米国) 1回生

「後輩の一助になりたい」
僕は小5から不登校をし13歳で師友塾に入塾しました。引きこもりの間に母親の影響が強くなりすぎて、自分の意見が何も言えなくなるという、自我感を喪失した状態になっていました。結果として、「不登校生は落ちこぼれだ」という世間の声に恐怖し、自信喪失し、罪悪感さえ持っていました。
しかし大越先生は、「不登校生は赤飯ものだ」「拒否するのは能力だ」「自分のアンテナを信じなさい」と言って下さいました。その言葉にどれほど救われたかしれません。大越先生の鏡に自分が映し出されると、惨めな自分の姿が、可能性に溢れた自分の姿に見えてくるのです。このとき初めて、僕は自分自身を好きになることができました。それからは、勉強も楽しく、小学校レベルからの勉強の遅れを取り戻し、米国の大学に進学し卒業しました。現在は、塾で好きになった英語を教えながら、後輩の塾生の一助になれる人間になるために人生修行中です。
  • 阪口 真理
  • 27才 (97年卒)
  • 師友塾神戸校 勤務